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コラム記事

人材が地方でいきいきと活躍するためには 第1回
岡田武史×福島和宏×井上雅之

スペシャルレポート

人材が地方でいきいきと活躍するためには

岡田武史✕福島和宏✕井上雅之

FC今治会長   DTHR社長   DTHR取締役

デロイト トーマツ人材機構株式会社(DTHR)は、地方創生・地域経済活性化のため、主に首都圏の人材を地域の企業に紹介・派遣して企業の成長のお手伝いをする取り組みを行っています。デロイト トーマツ グループが蓄積してきた経営課題に対するアプローチのノウハウをベースとして、その解決策となる経営戦略を構築し、それを担う人材の紹介や派遣によって、企業とそれをとりまく地域経済の活性化を目指します。

首都圏で活躍していた人材による地域活性化の顕著な例として、サッカーJ3リーグ「FC今治」(法人名称:株式会社今治.夢スポーツ)の代表取締役会長でデロイト トーマツ グループの特任上級顧問でもある岡田武史氏に、DTHR代表取締役社長・福島和宏、同取締役・井上雅之が地域に人材がいかに溶け込んでいくべきなのかをテーマに、話を聞きました。

岡田武史(おかだ・たけし)

大阪府出身。早大から古河電工に進みサッカー日本代表DFとして活躍。引退後は日本代表監督としてFIFAワールドカップ1998フランス大会、2010南アフリカ大会に出場したほか、コンサドーレ札幌、横浜F・マリノス、杭州緑城(中国)の監督を歴任。横浜FM時代には2度のJ1リーグ年間優勝に導いている。2014年にFC今治に出資し、現在は株式会社今治.夢スポーツ代表取締役会長。デロイト トーマツグループ特任上級顧問。

福島和宏(ふくしま・かずひろ)

京都府出身。東大卒。監査法人トーマツ(現・有限責任監査法人トーマツ)入社。金融機関の監査、在米日系企業の会計税務コンサルティング、国内およびクロスボーダーM&Aに関するアドバイザリー業務、デューデリジェンス、企業評価・無形資産評価業務などに従事。2018年デロイト トーマツ ファイナンシャルアドバイザリー合同会社代表執行役社長就任、2020年よりデロイト トーマツ人材機構株式会社 代表取締役社長を務める。

井上雅之(いのうえ・まさゆき)

静岡県出身。法大大学院修士。ブリティッシュ・エアウェイズを経て、スカイマークエアラインズでは代表取締役社長に就任。その後、しなの鉄道代表取締役社長、投資法人ジェイ・コーチ代表取締役社長、大阪市経済戦略局長などを歴任。2017年に入社した政府系の株式会社日本人材機構では、創生事業本部長として経営人材による地方創生に取り組む。2020年7月にデロイト トーマツ人材機構入社、取締役に就任する。

行動で地域のメンタリティーが変わる

福島DTHRでは首都圏で活躍する人材と、地域経済を担う企業との間で、両者にとってWin-Winとなるマッチングを行っていこうと思っています。岡田さんとFC今治とのマッチングは、どのように実現したのでしょうか。

岡田もともとは今治のとある会社の顧問をやっていて年に1~2回、1泊ぐらいのスケジュールで通っていた程度でした。その会社の経営のことは分かっていたのですが、街のことといえば造船、タオルがメインで・・・ということぐらいしか分かっていなかったんです。東京の優秀な若者が、よーし行きたいなと思うような場所ではありませんでした。(FC今治の代表となってから)最初は全く受け入れてもらえませんでした。骨を埋めるつもりがあるのか、見られていたと思う。試合に2000人くらい来てくれたかと思えば、雨が降ったら700人です。何とかしなければと思いながらも、何をしていいか分からなくてね。

福島岡田さんが行かれても、最初はご苦労されたんですね。そこからどのようにして、今のような地域のシンボルとなっていったのでしょうか。

岡田ある時、夜中の2時くらいだったかな。遅くなってみんなで仕事場に残っていて、その時ふと思ったんですよ。「お前ら、今治に友達いるか?」って。それから仕事は夜8時までにして、友達5人作ろうよということにしたんですよ。そこから潮目が変わり始めた。やはり、僕らから認めてもらうようにしていかないとダメなんだなと、すごく感じましたね。それから少し時間が飛んで、去年から今年にかけては、本当に大きく変わりましたね。Jリーグに上がったのが大きかったのかもしれないし、6年間やってきたおかげなのか、みんなが「もしかして俺たち、今治が変われるかもしれない。面白い街になれるかもしれない」と思ってくれるようになった、そんな雰囲気が出てきたんですよ。地方創生について、内閣府の委員をやったりしたりしましたけど、一番大事なのは、そこに住む人たちのメンタリティーじゃないかと思うんですよ。

井上私も、これまで地方企業の経営や地方創生の仕事に関わってきましたが、メンタリティーということはよく分かります。地域社会の中で、企業や人々の行動が変わるきっかけは、まさにメンタリティーだなと痛感したことがあります。

「夢+ホラ+リスク」で人が集まった

岡田よそ者が何かだましに来たんじゃないかと思われていたのが、何か俺ら変われるかもという、いきいきとした雰囲気が出てきたんですね。こうやってみんながいきいきとしていると、人が集まってくるんじゃないかと。熱海を立て直したという人たちの話を聞いたら、旅館のオーナーたちをバスに乗せて熱海ツアーをしたというんですね。"熱海ってこんなに素晴らしいところだ"と、みんなが自信とプライドを取り戻したところで、熱海が変わり始めたということなんです。僕らが何か役に立ててるとしたら、人々のメンタリティーを変えることなんだと思います。最初は「お前、何ホラ吹いてんだ」みたいなこと言われてね。でも、そのホラのおかげで東京からいろいろな人が来てくれました。夢を語っているだけだったら何も起こらなかったかもしれないけど、リスクをとってやったことで、いろいろな人が集まってくれたんですね。

福島変化のきっかけをどのようにして生み出すのか、皆さんたいへん参考になると思います。

岡田よく、僕のところにベンチャーなど様々な若者が集まってきてくれるんです。トータルで40~50人くらいかな、その中にはメルカリの小泉(文明)さん(後の鹿島アントラーズの社長)もいました。彼らが言うには「かっこよく見える。僕らもやってみたいけど、そのリスクをなかなか取れない」ということらしいんですよ。僕はあまりリスクを考えてなかったんだけど、夢を語ってリスクを取ったから、いろいろな人が集まってくれたんです。今でも、うちが募集をかけると、すごい数の応募があるんですよ。いちばん最初、ビズリーチの南(壮一郎)さんのご厚意もあって執行役員を一人募集したとき、900人以上もエントリーしてきたんです。「そんな中から選べないよ」といいながらも、8人選んで僕が最終面接したんですけど、みんな年俸2000万、3000万の優秀な人ばかり。うちは最高でも700万と募集要項にちゃんと書いてあったのに、「ここまで残れるとは思っていませんでした。(報酬面で)もう少し何とかなりませんか」と言われまして、結局、誰も来ませんでした(笑い)。

よそ者の「上から目線」は失敗する

福島リスクを取るという判断をしたことで、少なくとも本人はリスクだと思っているけれども、それが相手に伝わって、そしてメンタリティーを変える何かを与えることができるか、発することができるか。今のお話を伺い、時間はかかるかもしれないけど、変えることができるというヒントになりました。

岡田簡単じゃないですね。まだ僕だからよかったというところもあると思います。だいたい、うちに来て失敗するやつは上から目線なんです。地元の人に絶対に受け入れられないですよね。入り込んで這いつくばって、「おじいちゃん、おばあちゃん、何かあったら呼んでください。何でもやります」というスタンスじゃないと。

井上確かにそうなんです。首都圏の人材を地方の中小企業にご紹介する際に、そういう「上から」「都会なら」「大企業では」というところが出てしまうと、地方の方はお手並み拝見モードになってしまうんですね。つまり、全体の足が止まります。一度止まると、なかなか動いてくれません。

岡田バリチャレンジユニバーシティ(高校生から若手社会人を対象に、8月の夏休み期間に行われる滞在型プログラム:BCU)というイベントをやっているのですが、日本の学生が集まって内容がすごくいいということで、30分のテレビ番組になったんです。そうしたら、何とあの、今治造船の社長から連絡がありましてね。「岡田さんがこんなにやってくれてるのに、僕らが何もしないわけにはいかない」と。それまで営業に行ったことがなかったんですけど、それを機にスポンサーになってもらいました。何かが変わるかもしれないということを感じてもらえるよう、溶け込んでいくことが大事ですね。

福島BCUは地域課題をみんなで解決するというプロジェクトと理解しています。このような素晴らしい取り組みから何かが変わるかもしれない機運を生み出すには、やはり、時間の流れ、期間ということは必要になってきますね。

岡田必要だと思います。地方の人には一種の防衛本能のようなものがあって、金だけ出させられるんじゃないかとか騙されるんじゃないかとか、そういう感覚を持っていらっしゃる。お世話になっている人からも「4~5年はなかなか信用できなかったよ。今は信頼しているけど」って言われました。時間といえば、地方創生の例として有名な、隠岐の島(島根)の海士(あま)町というところがあるんです。呼ばれて行ってきたんですけど、ここは町長が優れていて、「1泊でもいいから」みたいな形で外部の人たちを受け入れるんです。お年寄りの人たちも頭が柔らかくて、そういう"三日坊主"の人たちを一生懸命もてなすんです。騙されたみたいなことは一切言わないんですね。自分たちでそう決めたからなんですけど、普通の地方はたぶん、そうではないでしょうね。

街全体が取り組むことで生まれる魅力

福島岡田さんが今治に行かれて、ご苦労されてきて、様々な課題に直面されたと思います。いくつかは解決されていると思いますが、我々DTHRが人材紹介や人材派遣をしていくのにあたって、まだまだこういうところは課題だよというところを教えていただけますか。

岡田僕らは確かに(通常の地方転職のケースに比べ)特殊な存在なのかもしれないですけど、例えば造船やタオルなら、一番困っているのは工場で働く人ですよね。労働力とエンジニアで、理系の学生が欲しい欲しいと聞きます。それに対してやはり直接的な仕事の条件面、給与、勤務時間などの条件面では、なかなか人が来ませんね。それぞれの会社がずっと考えているんだけども、そうではなくて、みんなが共鳴して今治全体をみんなが来てみたい街にするということが、一番大事なんではないかなと思っています。我々だったり、しまなみ海道だったり、タオルだったり、コンテンツはいろいろあるんだけどバラバラにやってしまっています。それらが力を合わせて街全体を変えることが、間接的に自分たちの採用やいろんなことにプラスになるんだという発想を持てるかどうか。それが一つの大きな課題かなと思います。

井上街全体を変えるというアプローチですね。

岡田まぁ、そこまでやるとなったら、市長になった方が早いかもね(笑)。この頃、ちょっとずつ地元の皆さんに思い始めてもらっているのは、うちにパートナーとしてお金を出すことは、街自体を魅力的にすることにつながって、いずれは自分たちにも返ってくるんじゃないかなということですね。そうでないと、仕事を作って寮を整え給料を上げても、なかなか人の採用は難しいですね。

福島岡田さんが市長になってというのも見てみたい気はしますが(笑)、お話の中にありました、人不足の問題ですが、日本の人口は減り続けて、超高齢化社会を迎えて、労働力不足は加速しています。岡田さんがおっしゃった通り、仕事があるから来てください、寮も給料もあるから来てください、というだけでは解決しません。様々な課題を認識し、様々なアプローチの方法をとり、伴走して支援することで、プロフェッショナルファームの力を発揮したいと考えています。

井上首都圏で働いていると、人も情報も多いので、良くも悪くも我々の生活は埋没してしまうと思います。逆に、今治で岡田さんが埋没するなんてことは絶対ないと思いますが、人々との交流を通じて見えてきた良さとかは、どのあたりになりますか。



岡田なかなか認めてもらえない一方で、いったん認められると距離がまったくなくなりますね。魚持ってきて、うちの台所で勝手にさばいてくれたりということもありました。勝ったときにすごい鯛が来たことがありましたよ。1個数百円の贈答用のみかん作っている人がいてね、何十個も持ってきてくれたこともありましたね。計算したらいくらなんだよと。そういう絆ができた人たちは、本当にすごく応援してくれます。とある資産家の人がいて、その人は若い選手が活躍するのが生きがいだと言って、毎年結構な額を寄付してくれるんですが、ある時電話がかかってきて「今年は倍、寄付させていただきます」って。もう、どうお礼言っていいか分からなくて。都会だと"何返してくれんの"を求められるけど、そういうの抜きの寄付でね。こういうのは都会ではないと思いますね。関係の濃さと居心地の良さがありますね。そのかわり、周りの目というものはありますけどね。

M&A
◇企業プロフィール

FC今治

愛媛県今治市をホームタウンとする日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に加盟するサッカークラブ。運営会社は株式会社今治.夢スポーツ(代表取締役会長・岡田武史)。1976年創設、愛媛FCの下部組織時代を経て、2012年にFC今治に改称した。2014年に岡田氏が代表に就任し、2020年からJ3を戦っている。

デロイト トーマツ人材機構株式会社

2020年7月、デロイト トーマツ アンカーマネジメント株式会社を改組し、社名をデロイト トーマツ人材機構株式会社として事業を開始した。プロフェッショナルの派遣や人材紹介を通じ、生産性向上の実現に向け経営課題の整理を出発点とした「伴走型支援サービス」を地域企業に提供する。